なんとかなるわな

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風祭蘭之介、日々のちょっとした話・・・おまえの眼は節穴か!


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8月6日、9日、広島と長崎に原爆が落とされた日。
ここ数年毎年思うことがある。
それは、この日をなんの日だと思ってるんだ、ってこと。

東日本大震災以降、原爆記念日は変わってしまったように思う。

式典の途中、黙祷をしているときに原発再稼働反対と大声で叫ぶ人。
自分の主義主張を訴えるあまり、慰霊の集まりが行われているにもかかわらず騒音をたてる人。
街中をスピーカーででかい音鳴らしながら走り回る右翼左翼。
そして被爆者の方のコトバがハッキリしない、統制されている、もっと大きな声で反対しなければとネットで非難する人々。

どいつもこいつも、この日くらい黙ってろ、と思う。

今年は首相のコトバがコピペだとかいう話に始まって、長崎では政府がやろうとしていることに反対のコトバがハッキリ出たのもあって、広島とのこの温度差はなんだとかいう人まで現れ、不愉快極まりなかった。
なぜその話を今ここでするのかっていうことに腹が立つ。

いったいこの日をなんの日だと思っているんだ。
6日、9日は遺族にとって、大事な家族を、しかも人によっては多くの家族を失った、家族の「命日」なのだよ。
静かに祈りを捧げたいと思っているのに、外からやれ原発だのもっといろんなことに反対しろだの、意思表示をもっとハッキリしろだの・・・

ふざけるな、一体何を言ってるんだ。
自分の思ったことを何気なくネット上に書いたんだとしても、それを遺族が見てどう思うか、ちょっとは考えるアタマはないのか。
温度差だ?もっと声を上げろだ??
なぜだ、なぜそうしなきゃいけないんだ。

そういう外の人の自分の主義主張を訴えるのに、この日を結びつけるなって思う。
言いたいことがあるんだったら、被爆者や遺族にでかい声を上げろとかふざけたこと言ってないで、ちゃんとそういう場を自分で作って訴えなよ、と本気で思う。
原爆記念日はそんなことに使われるためだけの日じゃ絶対ない。

どうしてもやりたいんだったら、せめて次の日にやれよ、そのくらいの配慮は普通できるだろう。
あまりに今年はいろんなところで酷い発言を目にしたので、ここにハッキリ書くことにした。
ネットの上での発言が、年々あまりにも無神経になっていくのでウンザリしてくるね。
いい大人がこんなことでいいんだろうかと本気で思う。
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テーマ : 日常    ジャンル : 心と身体
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